九 州 一 人 旅

2008.05.20

 今日の出会いは??

 今日は昨日とは打って変わって晴天になった。

 この道の駅には色々な所から、残りの人生を有意義にすごそうとする人々が大勢来ていた。

 室蘭・大阪・堺・栃木・久留米など、自分の車には、思い思いの設備を付けて来ていた。

 いつからこられたのですか? ほとんどのオーナーは連休明けからと言っていた。なぜなら連休は車が多いので、少なくなって動いたそうです。
櫓門

 ここ佐伯市は城跡などがある、市営の駐車場に車を置き、自転車で武家屋敷などを廻った。佐伯市は国木田独歩が居たとは知らなかった、その居住地が有料で公開されていた。
茶室「汲心亭」の玄関 茶室「汲心亭」  侍医・今泉元甫が、飲み水に困った城下の人々のために、私財を投じて掘った三義井(さんぎせい)「安井」、「唖泉」、「甘泉」のひとつで、すぐ上に藩の米倉があったためお蔵の井戸と呼ばれていた。
 明治26年、英語と数学の教師として赴任してきた。佐伯に住んでいたのは1年間ほどであったが、佐伯の美しい自然、風物、人情にふれたことは、その後の独歩の作品に大きく影響した。と書かれていた。
昔の名残を残す町並み

    臼坪川菖蒲園

 平成元年、下水道水緑景観モデル事業により、臼坪川とその周辺を利用して自然と調和した水辺空間が作られ、約1万株の菖蒲が植えられており、毎年6月には一面に花を咲かせることでしょう。

 そこから真っ直ぐ津久見へ行こうと思ったが、海岸線を走る国道R217号線を走っていた。

 ところが前を走るトラックが四浦半島へ向かった、一瞬トラックについて行こうと思って、後ろを付いて走り出した。

 最初は平坦な海岸線の道であったが急に狭くなった、それでも前を走る12tトラックは急な坂道を登って行く、道も県道541号から町道になったトンネルをくぐり又県道611へ入り、行き止まりになった。

 目の前には小さな島その向こうに大きめの島、大型トラックは行き止まりの地で荷を降ろした、目の前の島には住宅が立ち並んでいる。

 地元の人に尋ねると約1000名ぐらいの人が生活しており、小中学校や病院などもあると言う、定期船はここからは無い(津久見から)ようだ。
保戸島のコンクリート造りの住宅群 パソコンの地図で、車の現在位置
海峡は潮の流れが速い。

 四浦半島から津久見へ向かう、ここ津久見は通過して臼杵へ急いだ。

 臼杵では港へ行き、八幡浜行きのフェリーを見送った。

 港で昼食を済ませ、市営の駐車場に入れる、ゲートがあるので心配であったが係のおじさんが誘導してくれた。

 自転車で武家屋敷通りなどを走って廻った、昔の家並みなので道幅が狭い、ましてやキャンカーなどはとても走れない、それで歩いて散策するか自転車で廻るか。歩いては時間が掛かりすぎ、自転車であれば楽に廻れるが坂道では辛い、そこさえ我慢をすれば自転車である。

 町並みには、至る所に休憩場所やトイレが整備されていて、安心して観光が出来る。
野上弥生子文学記念館 町並み
二王座歴史の道


臼杵城の正門

 市内観光が終わり、臼杵から次はと考えたら湯布院になった。

 湯布院までは普通の道、ただ道が込んでいる所を走るだけで、夕方5時前に湯布院へ入った。

 温泉に入ろうと思い健康温泉館(クワジュー)近くの駐車場行った、そこには先客がおり、常連さん同士が楽しく話していた。
 皆時々ここに来ておなじみの人と話をするそうです。その内の一人一竿親睦会の理事長さんと楽しくお話が出来た、全国を回っておられる方で奥さんも旅が好きで何時も夫婦で出かけておられる。羨ましい。

 近くの店で買い物を済ませ、道の駅へ向かった。泊まりなので大型車のスペースより奥の砂利舗装の所へ車を止めた。

 駐車スペースには数台の他県ナンバー車が泊まっており、窓にはアルミの断熱シートを貼っていた。